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2005/03/05

「あずみ」から死を想う。

 バイトが休みなのをいいことに、水曜日の夜はテレビで「あずみ」を見た。
んー、上戸を前面に押しすぎだな。ちなみにボクは上戸彩派より岡本綾派なので(もちろんチャンネル権を奪取したのも岡本さん見たさであります)どうでもいいことだが。解せないことはいっぱいあるけれど、一番気になるのは上戸にかすり傷ひとつなかったこと。あんだけ斬り付けられそうになったら、少し切り傷ができてもいいものを。主役を美化しすぎだと思った。また傷を負った出演者が100%死に至っている点と、殺陣での血しぶきの量も中途半端だった所から察するに、やはり見所は「上戸のふともも」だったのかもしれないな(吐)TV版では岡本さん演ずる「やえ」は生存していたので、見るべき岡本さんのカットが編集で落とされているのであれば、レンタルビデオで見てもいいかなと思います。「2」は、岡本さん出ないので見ません。
 さて、あれよあれよという間に伯父の四十九日が過ぎた。そういう意味で死という現実に直面したここ最近であったが、人が死ぬと周りにものすごく迷惑をかけるということが分かった。伯父は独り者だったので本籍地にボク一家が住んでいたということもありボクらが弔うことになった。仕事も忌引せねばいけないし、関わろうとも思わなかった身辺も整理することになった。故人に遺産はないので葬儀代だってこちらの負担だ。
 伯父にはボクの父を含めあと2人きょうだいがいるが、線香すらあげに来なかった。何がこのきょうだいに亀裂を起こしたのかは知る余地も無いが、あまりのやるせなさに父は泣きそうだった。それでも父は、ボクらは頑張っている。生物学的にいえばヒトは必ず死ぬが、社会学的に人は死なない前提で活動している。「死ぬな」というより「生ききろ」ということをこの7週間で学んだ気がする。
 そんなこともあり、例え劇であれ人の死というものに敏感な時期ではある。血しぶきの無い殺陣なら「気絶かな?」とも解釈できるが、こと「あずみ」に関してはその解釈はできなかった。殺陣に気持ちよさも気持ち悪さも、何も感じるものが無かった。いくら刺客だからって、あんなに殺すことなかろうに。現実を忘れさせる位映画に集中させるには殺すことに恨みとか大義とか、そういうものをこめてもらいたかった。殺されたために残された人の想いなどを追うのは筋の都合でムリがあるのかもしれない。だからこそ、岡本綾さんの「やえ」は貴重な存在だったのかなと今さら気付く次第であります。

 んー、グダグダだ。今回の駄文を許してくだされ。「闇鍋日記」と「岡本綾さまへ」にトラックバックです。

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コメント

はじめまして!ぱんだです!
「死」というのは、とても重い問題ですけど、
だからこそ、考えなければならないですよね。
100%確実な未来だし・・・
こちらのブログでも度々扱っているテーマなので
よかったらのぞいてみてください!
コメントなどいただけると倍うれしいです!
ではまた! (*^。^*)

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» 死ぬとわかっている男はすべての男(僕の生きる道) [グーグーパンダの語る人生]
こんにちは!今日は26歳で癌にかかってしまった、20代の少年を通して、人生を哲学したいと思います。 ちょっと長いですが、心静かに読んでもらえればと思います。 『がんと向き合って』 上野 創 ----------------------------------------------------------------------  がんの告知を受けたあと、病院内を歩き回って次々と血液や心電図などの検 査を受けた。  ... [続きを読む]

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