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2005/08/10

A級戦犯をなぜ拝むか

 もうすぐ第二次世界大戦終結からまる60年になる。8月15日は何人かの政治家が靖国神社に参拝するだろう。まぁ今年は衆院選を控えているから・・・そんな取って付けたような理由で参拝者ゼロはありえないだろうな。

 靖国神社には戦没者が祀られている。その方々に哀悼の意を示すのがなぜいけないのか?確かにその中にはA級戦犯が合祀されているから、そこを参拝することは戦犯に手を合わせるということで毎年のように隣国から非難を浴びるけど。

 隣国の文化では、人殺しは死んでもその恨みを背負い続けるということでいいのかな?だとすれば、殺人沙汰は永久に恨みの連鎖を生むということか。恨みを背負う加害者は日本人限定、という虫のいい思想は許さんぞ。戦没者に手を合わせることで非戦を誓っているということになぜ解釈できないのかなぁと毎年毎年腑に落ちないでいる。政治家の方も「戦犯に国の命令のもと殺人をさせてしまったことを謝罪すると共に、今後あなたや全ての戦没者のような死を誰一人迎えさせない・・・」云々とコメントしてくれないかな。まぁ時期が時期だけに無理か。

 戦争の話題はその悲劇ばかりがクローズアップされるけど、核心の部分はことごとくスルーしてきたのかも。そこに隣国が過剰なまでに噛み付いてきて事態をややこしくしている。これが火種となって新たな戦争・・・そんな将来は、まっぴらごめんだ。

 今回は「独書録」にトラックバックです。

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